スーツはもともと農作業着だった!?驚きのルーツを辿る

「一張羅のスーツ」と聞くと、ビジネスシーンや特別な式典で着用する、洗練された印象の服装を思い浮かべることでしょう。
しかし、その起源を辿ると、意外にも16世紀のイギリスにたどり着きます。
当時、農作業着として用いられていた「フロックコート」こそが、現代のスーツの原型となったのです。
今回はそんなスーツの驚きのルーツに迫ってみたいと思います。

作業現場が生んだシルエット
想像してみてください。
泥にまみれ、風雨にさらされる農作業の現場で、膝下まである丈の長いコートを身につけて働く人々。
これがフロックコートの原点でした。
長い丈は文字通り全身を覆い、汚れや厳しい天候から身を守るための、まさに実用一点張りの機能美を備えていたのです。
ウエスト部分が絞られ、裾に向かって広がるシルエット、そして前面のボタン留めという特徴は、現代のスーツジャケットにも確かにその面影を残しています。
素材もまた、寒さや摩擦に耐えうる厚手のウールが主流でした。


フロックコートの特徴
長い丈
フロックコートは膝下までの長さがあり、当初は農民の作業着として機能的な目的で使われていました。
丈の長さは農作業中に体を覆い、汚れや天候から守るためのものでした。
ウエスト部分の絞り
腰の部分が絞られたデザインになっており、ウエストから裾にかけて広がる形状が特徴です。
前ボタン留め
フロックコートは前開きで、ボタンで留めるスタイルが採用されていました。
素材
初期のフロックコートは比較的厚手のウールなどの実用的な素材が用いられ、寒冷な環境での作業に耐えられるよう設計されていました。
長い丈以外は現代のスーツとほぼ同じと言えます。
機能的、耐環境という目的は現代で考えると真逆のようです。
新しい衣料用の生地が開発されたので当然のことですが、むしろ「スーツなのに機能的」という商品のうたい文句がありそうです。

必需品としての実用性
現代の感覚からすると、「機能的」「耐環境」といったキーワードは、むしろアウトドアウェアや高機能素材の衣服に結びつきやすく、「スーツなのに機能的」という謳い文句が新鮮に響くほどです。
しかし、当時の人々にとって、フロックコートは日々の生活を守るための必需品であり、その実用性の高さこそが、意外な進化を遂げる原動力となったのです。

質実剛健から洗練へ
では、なぜこの質実剛健な作業着が、洗練された紳士の装いへと変貌を遂げたのでしょうか?
その背景には、階級を超えた普及という興味深い現象がありました。
元々は農民や労働者の間で用いられていたフロックコートが、次第に貴族や上流階級の人々の目に留まるようになったのです。
実用性の高さはそのままに、素材や仕立てに工夫が凝らされ、より日常の着用に適した、洗練されたスタイルへと進化していきました。
17、18世紀に入ると、フロックコートはさらに貴族の礼装としても取り入れられるようになり、装飾性やデザイン性が大きく向上します。
特に、ウエストの絞りやスリムなシルエットは、現代のスーツジャケットの美しいラインへと繋がる重要な要素となりました。
つまり、実用的な服としての基盤があったからこそ、その上に洗練という要素を積み重ねることができたのです。

まとめ
「作業着」と「フォーマル」は、現代においては対極の概念かもしれません。
しかし、当時のパイオニアたちにとって、フロックコートの実用性は、新たなファッションを生み出すための肥沃な土壌だったのでしょう。
「フォーマルでエレガントな服を一からデザインしよう」という発想だけでは、もしかしたら現代のスーツのような形は生まれなかったかもしれません。
フロックコートは、実用性と格式という、一見相反する要素を内包しながら、時代の変化とともにその姿を変え、現代のスーツへと進化を遂げました。
そのシルエット、ボタンの配置、襟の形状といった基本的なデザインには、作業着としてのルーツが確かに息づいています。
そう考えると、私たちが普段何気なく身につけているスーツも、その始まりは日々の労働を支える、地に足の着いた実用的な服だったのです。
この意外な歴史を知ると、スーツという装いに対する見方も、少し変わってくるのではないでしょうか。
