7月21日「日本三景の日」に考える、私たちが「三大〇〇」に群がる理由とは

日本人は、とにかく「3」という数字が大好きだ。
「日本三大夜景」「世界三大美女」「日本三名城」――。私たちは何かにつけて優れたものを3つ集め、枠組みを作りたがる。
ネット記事のタイトルを見渡しても「絶対に外せない3つのポイント」や「おすすめのガジェット3選」といった文字が躍り、書店に行けば「3つの習慣」を謳うビジネス書がベストセラーに並んでいる。
この「3」という数字に対する異様なまでの信頼感と愛着のルーツを辿っていくと、ある歴史的な記念日に突き当たる。
それが、毎年7月21日に設定されている「日本三景の日」だ。
宮城の「松島」、京都の「天橋立」、広島の「宮島(厳島)」。
日本人なら誰もが一度はその名を耳にし、あるいは修学旅行や観光で訪れたことがあるであろう、日本を代表する3つの絶景。
しかし、なぜこの3つの場所が「日本三景」として国のスタンダードになったのか、その明確な理由を知る人は意外に少ない。
実はその背景を紐解くと、現代の私たちが日々スマートフォンの中で繰り広げている「SNSのバズ」や「インフルエンサーマーケティング」と全く同じ構造が、今から約400年前の江戸時代にすでに完成していたことが見えてくる。
今回は日本人が「三大〇〇」というマジックナンバーに惹かれ続ける理由を文化的・心理学的に観点からご紹介します。
江戸のトップインフルエンサーが仕掛けた「世紀のバズ」
「日本三景」という言葉が誕生したきっかけは、江戸時代初期の寛永20年(1643年)にまで遡る。
仕掛け人の名前は、林春斎(はやししゅんさい)。
江戸幕府に仕えた高名な儒学者であり、当時の知識人階層のトップランナー、今でいう「超大物インフルエンサー」である。
彼が執筆した『日本国事跡考』という地理書の一節に、こんな記述が残されていた。
「松島、此の島々、陸奥の第一の形勝たり。天橋立、与謝の海にあり。厳島、安芸の国、佐伯郡にあり。三処をこれ三景となす」

要するに、「松島と天橋立と宮島、この3つは本当に素晴らしい景色だ」と彼が自分の本に書いたのである。
驚くべきことに、これはいわゆる国家的なプロジェクトとして厳選されたものでも、厳密な学術的データに基づいて点数化されたものでもない。
極論を言えば、林春斎という一人のオピニオンリーダーによる、極めて「個人の感想」に近い旅行レビューだったのだ。
しかし、影響力のある人物の発言は、いつの時代も凄まじい拡散力を持つ。
当時の江戸は、戦乱の世が終わり、街道が整備され、庶民の間で「旅ブーム」が巻き起こり始めていた時代だった。
人々は「どこか面白い観光地はないか」と、今でいうInstagramやX(旧Twitter)のハッシュタグを検索するように、知識人たちの著書を貪り読んでいた。
そこに投下された、トップ知識人による「この3つが最高」という太鼓判。
これが当時の旅人たちの心を捉えないはずがなかった。
「あの林春斎が絶賛しているのだから、間違いない」「生きているうちに一度は見てみたい」と、情報が人づてに伝播し、やがて「日本三景」というフレーズは、不動のブランドとして日本全国に定着していったのである。
林春斎の生まれた日である7月21日が、後に「日本三景の日」と制定されたのも、彼が遺したこの「バズ」への敬意に他ならない。
なぜ「2」でも「4」でもなく「3」なのか?マジックナンバーの魔力
ここで一つの疑問が浮かび上がる。
なぜ、林春斎は「4つの絶景」でも「2大絶景」でもなく、あえて「3つ」に絞ったのだろうか。
日本には他にも富士山をはじめとする壮大な景色が無数にあるにもかかわらず、なぜこの3つだけが選ばれたのか。
ここに、人間が抗えない「3」という数字の持つ心理的なマジックナンバーの秘密が隠されている。
心理学やデザインの世界において「3」という数字は「人間が最も安定感と納得感を得られる最小の数字」であるとされている。
例えば、「1」ではただの孤立した事実であり、比較ができない。
「2」に増やすと対立構造(AかBか)が生まれ、優劣を競う緊張感が発生してしまう。
一方で「4」以上に増やすと、今度は人間の脳の短期記憶のキャパシティに負担がかかり、情報の「ありがたみ」や「特別感」が薄れてしまう。
しかし「3」はどうだろう。

3つの要素が集まると、そこには対立ではなく「調和」が生まれる。
三角形の建造物が最も構造的に安定するように、人間の心理も「3」を提示されたときに、最もバランスの良さを感じ、すんなりと受け入れることができるのだ。
林春斎が意識的にこの心理を狙ったかどうかは定かではない。
しかし、彼が「三処をこれ三景となす」と言い切った瞬間、日本人の脳内には完璧な安定感を持ったブランドが構築された。
もしこれが「日本四景」だったなら、語呂の悪さも手伝って、これほど長く人々に愛される言葉にはならなかったかもしれない。
さらに言えば、選ばれた3つの場所の絶妙なバランスも見事である。
東日本の松島、日本海側の天橋立、西日本の宮島。地理的にも綺麗に分散しており、日本全体の多様な美しさを網羅しているかのような錯覚を抱かせる。
この絶妙な「3の配置」こそが、数百年を経ても風化しない究極のパッケージングだったのだ。
「聖地巡礼」の遺伝子と、自分だけの第一景
江戸時代の人々が林春斎の言葉を頼りに日本三景を目指した姿は、現代の私たちがSNSでバズっているカフェや、アニメの「聖地巡礼」へと足を運ぶ姿と、驚くほど重なり合う。
スマートフォンが普及し、いつでも世界中の絶景を4Kの美しい映像で見られるようになった現代。
私たちはかつてないほど大量の「おすすめ」や「ランキング」に囲まれて生きている。
アルゴリズムが弾き出した「あなたが絶対に行くべきスポット5選」に誘導され、誰かが決めた「映え」を確認するためだけに現地へ赴くような、そんな受動的な旅も増えているかもしれない。
しかし、7月21日の「日本三景の日」に私たちが思い出すべきは、ただ「選ばれた観光地を消費する」ことではない。

かつて林春斎が、まだ誰も定型化していなかった日本の国土を歩き、自分の目と足で「ここが素晴らしい」と心から感動した、その「主体的な発見のプロセス」そのものである。
どれほどテクノロジーが進化し、世界が効率的なランキングで埋め尽くされても、旅の本当の価値は、誰かが決めた「三大〇〇」をスタンプラリーのように制覇することにはない。
他人の評価から一歩離れ、名もなき裏路地や、何気ない旅先の一瞬の夕暮れに心を震わせる。
そのとき、あなたの目の前にある景色こそが、教科書にもSNSにも載っていない、あなただけの「第一景」になるのだ。
今年の夏は、誰かの「3」を追いかけるのを少しだけやめて、自分だけの特別な数字を探す旅に出かけてみてはいかがだろうか。

この記事を書いた人
『イートラスト株式会社 総合サポート本部 部長/ B-rise運営事務局 副局長』
飲食業界で現場・SV・マーケティングを経験し、2014年イートラスト株式会社へ入社。ディレクター業務・カスタマーサポート業務を経て、現在はSEOやホームページ運用全般を請け負う「テクニカルチーム」を立ち上げ、責任者を担う。飲食業界に携わっていたこともあり、サービス業様へのWebマーケティング・SEO/MEOで貢献していくため、日々新しい試みを模索している最中です。


