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2021.03.19

お花見の宴会は一体いつから始まったの?

お花見の宴会は一体いつから始まったの?

寒さも少しずつ和らぎ、春のきざしを感じる今日この頃ですね。


今年2021年の桜の開花は3月11日に広島からスタートし、12日に福岡、14日には東京、松江、長崎が続きました。


各地で記録的な早さの開花となっており、広島、福岡、長崎、松江、高松、京都、下関では1953年の統計開始以来最も早い開花を更新し、東京でも昨年に並んで観測史上最も早い開花となっているようです。


昨年はお花見での警戒の緩みなどから新型コロナウイルスの感染が拡大したとされ、今年東京都では早々に花見期間中は都立公園で宴会、シートを広げての飲食を禁止する対策を打ち出されています。


お花見が出来ないなら、ご自宅で桜を楽しんでみては・・・?


私の周りでは「今年も花見出来ないのか~」と嘆く声が上がっていますが、日本の春の風物詩であるお花見は、いつ頃から行われてきたのでしょうか?


今回はお花見の歴史をご紹介していこうと思います。


お花見の起源は奈良時代。主役は梅だった!?

お花見の起源は奈良時代までさかのぼります。


この頃のお花見の主役は桜ではなく、遣隋使が中国から持ち帰った梅の花。



奈良時代に編まれた和歌集『万葉集』をみても、梅を詠んだ歌が110首に対し、桜を詠んだ歌は43首。当時の梅の人気が伺えますね。


さらに、お花見は貴族独自の文化でもありました。


京の都の貴族は自分の邸宅に梅園を設け、梅を眺めつつ歌を読む風流なお花見を楽しんでいたそうです。


日本人の桜好きは平安時代から

平安時代に入ると遣唐使制度が廃止されたことをきっかけに、お花見の主役は桜へと移り変わります。


この頃から「花」と言えば桜のことを示すほど、日本人の桜好きのルーツとなりました。


平安時代に編まれた『古今和歌集』をみれば、桜の歌が70首、梅が18首と桜の人気が奈良時代より高くなったことが分かります。


日本最古のお花見が開催されたとされているのは812年。


京都の神泉苑(しんせんえん)というお寺で嵯峨天皇が「花宴の節」をおこない、歌や音楽を楽しんだと伝わっています。


そのため神泉苑は「お花見発祥の地」として今なお親しまれており、平安時代の趣を感じる庭を眺めながら桜見物を楽しめます。



お花見の宴会スタイルの生みの親は豊臣秀吉?!

貴族だけではなく、各地方の武士に花見の文化が広まったのは鎌倉時代以降。


貴族による優雅なお花見のスタイルにも大きな変化が起こります。そのきっかけとなった人物が武将・豊臣秀吉です。


派手好きとして知られる秀吉は700本の桜を醍醐山に植え、1,300人もの客を招待して「醍醐の花見」を開いたとされます。


秀吉は日本全国から献上された銘酒・銘菓などを振舞い、参加した女性全員に2回の衣装替えを命じるなど趣向を凝らしたとか。


この豪華絢爛なお花見が、桜を見ながら宴会を楽しむというスタイルへと変化したそうです。


庶民に広まった江戸時代。花見団子が定番に!

戦がなくなり文化が花開いた江戸時代に、お花見も庶民に広く浸透するようになりました。


現在もお花見スポットとして有名な浅草(隅田川堤)や飛鳥山の桜は、江戸幕府8代将軍・徳川吉宗が植えたものだそうです。


政治を取り締まる一方で、花見を奨励することで庶民の心をつかんだといわれています。



ちなみに、三色の団子が串に刺さった「花見団子」が食べられるようになったのも江戸時代から。


ピンク色の「桜」で春を、白色の「雪」で冬を、緑色の「ヨモギ」で夏を表現したこの団子。秋がないので「飽きずに」食べられるなんていう洒落も利いているのも江戸らしいですね!


これから桜シーズンの本番に入っていきます。


お花見の宴会の自粛要請など言われていて、例年通りの桜の楽しみ方は出来ないかもしれません。


ただ街中でもふとしたところに桜の木があるので、歩きながら桜の花を見て癒されてみてはいかがですか?


この記事を書いた人

矢部 峻一

『イートラスト株式会社 テクニカルチームリーダー/B-rise運営事務局員』
飲食業界で現場・SV・マーケティングを経験し、2014年イートラスト株式会社へ入社。ディレクター業務・カスタマーサポート業務を経て、現在はSEOやホームページ運用全般を請け負う「テクニカルチーム」を立ち上げ、責任者を担う。飲食業界に携わっていたこともあり、サービス業様へのWebマーケティング・SEO/MEOで貢献していくため、日々新しい試みを模索している最中です。

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